欧州へ(2)反日活動家の裏をかく 前代未聞の皇太子身代わり作戦

【昭和天皇の87年】欧州へ(2)

反日活動家の裏をかく 前代未聞の皇太子身代わり作戦

 

欧州へ(2)

 皇太子旗をひるがえす訪欧艦隊の沖縄に続く2番目の寄港地は香港、同盟国イギリスの植民地である。

イギリス側は当初、日本の若き皇太子を香港総督主催の晩餐(ばんさん)会に招き、盛大に歓待する予定でいた。

だが、日本側ではこの頃、重大な問題が持ち上がっていた。

 香港に、反日の朝鮮人活動家が潜入したとの情報がもたらされたのだ。

 ハルビンで暗殺された伊藤博文の例もある。

万が一が起こらないともかぎらない。

 翌日の東京日日新聞に、大見出しが躍る。

 「御旅路最初の異郷香港で 東宮御上陸中止」-

 日本を出港して以来、新聞各紙は裕仁皇太子の動向を連日大きく報じている。

香港で予定された4日間の滞在中、ずっと御召艦内に引きこもったままでは、さまざまな憶測や批判を呼ぶことだろう。

上陸するべきかどうか、供奉(ぐぶ)長の珍田捨巳らは香港側と今後のスケジュールを深夜まで協議した。

 

翌11日午前9時15分、御召艦が停泊する桟橋近くに集まった在留邦人らは、海軍軍装の皇太子が東宮職御用掛らを従えて上陸し、総督府が用意した車に乗り込む姿を見て歓喜した。

19歳の皇太子が、やや年上に見えることなど、誰も不信に思わなかった。

 およそ30分後、在留邦人らの興奮も静まり、三々五々に散らばった桟橋に、背広姿の青年が降り立った。

 裕仁皇太子である。

 実は、海軍軍装で上陸したのは北白川宮能久親王の第4王子、小松輝久侯爵で、本物の皇太子に危険が及ばないようにする“作戦”だったのだ。

裕仁皇太子はその後、載仁親王らと香港島を散策するなどし、午後には旗艦鹿島で開催された在留邦人約250人との懇親会に参加、改めて熱烈な奉迎を受けた。

少し離れて、見送りの在留邦人を満載した汽艇7隻が併走する。
各汽艇の舷側には特大の板に漢字が2字ずつ、「奉送」「香港」「在留」「日本」「人会」「帝国」「萬歳」と書かれている。

 祖国を離れて暮らす在留邦人は、成長した裕仁皇太子の姿に、どれほど勇気づけられたことだろう。

 その気持ちを何とかして伝えたい-。

 声を限りの万歳に、甲板に立つ裕仁皇太子は何度も敬礼を繰り返した。

 やがて訪欧艦隊は速度を増し、汽艇を引き離していく。

惜別の汽笛が海に響き、最後の万歳が風に流れた。

× × ×

訪欧艦隊の航海は続く。

18日シンガポール、28日セイロン島コロンボ、4月17日スエズ運河ポートサイド、24日地中海マルタ島、30日ジブラルタル-。

いずれの寄港地でも在留邦人や一般市民らの盛大な歓迎を受け、裕仁皇太子は上陸して各地の総督らと交流を重ねた。

 シンガポールでは自ら望んで邦人街を視察したり、ポートサイドから鉄路エジプト入りしてピラミッドを見学したりと、意欲的に活動している。

 航海中も、のんびりしていたわけではなかった。

社交術を身につけるための、特訓が行われたのだ。

 元老の山県有朋も、裕仁皇太子に拝謁した際、山県の言上に「御返詞なく、何にも御下問なく、恰(あたか)も石地蔵の如き御態」だったとして、東宮大夫の浜尾新らによる箱入り教育のせいだと批判していた。

 もっとも、東宮御学問所時代の裕仁皇太子は、何事にも表情を崩さず、泰然とした態度を求めた杉浦重剛の教えや、寡黙な総裁、東郷平八郎の姿勢を見習っていたのかもしれない。

 

ただ、テーブルマナーはかなり粗雑だったようだ。

 日本を出港して間もなく、裕仁皇太子と食事の席をともにした供奉員らは愕然(がくぜん)とした。

裕仁皇太子が音を立ててスープをのみ、ナイフとフォークをガチャガチャ鳴らせていたからだ。

 昭和天皇実録にも、裕仁皇太子が4月5日、《(御召艦香取の)御座所において、(閑院宮)載仁親王・供奉長珍田捨巳より、航海中初めて西洋儀礼作法の要領につき、言上を受けられる》と記されている(7巻56頁)

 航海の終盤、供奉員の指導は厳しさを増した。

裕仁皇太子は素直に従い、姿勢を改めていった。

諫言する供奉員も懸命だが、裕仁皇太子も懸命だったのだ。

 その成果は、欧州の地で発揮されることになる。

 5月9日、訪欧艦隊は、満艦飾の英国大西洋艦隊が皇礼砲を放つ中、ポーツマス軍港に入港した。

 裕仁皇太子、いよいよ英国上陸である--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

【参考・引用文献】

○宮内庁編「昭和天皇実録」7巻

○二荒芳徳、沢田節蔵著「皇太子殿下御外遊記」(大阪毎日新聞社、東京日日新聞社)

○波多野勝著「裕仁皇太子ヨーロッパ外遊記」(草思社)

○後藤武男著「天皇外遊と三人男」(文芸春秋編「昭和天皇の時代」所収)

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