虎ノ門事件 : 白昼のテロリズム 狙われた皇太子は、犯人家族を救おうとした

【昭和天皇の87年】虎ノ門事件

白昼のテロリズム 狙われた皇太子は、犯人家族を救おうとした

■虎ノ門事件

関東大震災から4カ月後、国民の心を、再び“激震”が襲った。

大正12年12月27日午前10時40分、裕仁皇太子は帝国議会の開院式に臨席するため、車で議事堂へ移動中だった。

その車列が虎ノ門交差点にさしかかったときだ。

沿道の拝観者の中から一人の男が飛び出し、ステッキに仕込んだ散弾銃を発砲。

弾丸は英国製の御召自動車の窓ガラスを貫通し、飛び散ったガラス片で同乗の東宮侍従長、入江為守が軽傷を負った。

 裕仁皇太子は無事だった。

平然と議会の開院式に臨み、何事もなかったかのように振る舞ったと、宮相の牧野伸顕が日記に書いている(※1)。

一方、政府と警察当局は上を下への大騒ぎとなった。

白昼に皇太子が狙撃されたのだ。

首相の山本権兵衛は恐懼(きょうく)戦慄し、同日中に全閣僚の辞表をまとめて提出。

裕仁皇太子から辞職におよばずと慰留されたものの、間もなく総辞職した。

ほかに警視総監と警視庁警務部長が懲戒免職、犯人の通った小学校校長と担当教諭も辞職、郷里の山口県知事は減俸、犯人が上京途中に立ち寄っただけという京都府の知事も譴責(けんせき)になるなど、裕仁皇太子の意思から離れて関係者総懺悔(ざんげ)の様相となった。

そうしなければ治まらないほど、世情は騒然としたのである。

× × ×

 

犯人は難波大助、当時24歳の共産主義者だった。

狙撃後に「革命万歳」と連呼しながら車を追いかけ、警官に取り押さえられた。

動機は、関東大震災の混乱に乗じて惨殺された大杉栄ら無政府主義者、共産主義者らへの弾圧に憤慨したからだとされる。

翌13年11月13日、大審院で死刑判決を受けたとき、難波は「日本共産党万歳、ソビエト共和国万歳」と叫び、2日後に処刑された。

 難波は山口県周防村(現光市)の名家に生まれた。

父の作之進は現職の代議士で、その父との反目が、難波をテロリストに走らせる一因にもなったという。

 大逆罪(※2)の犯人を身内から出した家族のその後は悲惨だ。

作之進は自宅の門を青竹で結んで閉門蟄居(ちっきょ)し、兄弟らも会社を辞め、世間の目を逃れるように隠栖(いんせい)した。

× × ×

 

 後日談がある。

 事件から2年半後、山口県に行啓した裕仁皇太子が、随行の入江に言った。

 「難波の家族は近頃どうしているだろうか」

 入江は、この言葉を山口県知事に伝え、そこに憐憫(れんびん)の情を読み取った知事は、難波家の救済に奔走した。

 

これは、裕仁皇太子の意向に沿った、牧野や入江らの演出だった。

政治問題化しないよう、さりげない形で難波の家族を救おうとしたのだ(※3)。

 皇室とともに、国民は関東大震災後の荒廃から、ようやく立ち直ろうとしていた--。

(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1) この日の「牧野伸顕日記」には、「(事件後も)殿下には平常と毫(ごう)も御変はりなく、(中略)御渇きにても在らせられずやと飲物にても差上げてはと、武官長より伺はしめたるに、入用なしと被仰(おおせられ)、直に式場に臨ませられ、常よりは一層目立ちて御立派に勅語を賜はり、一同感激の状壇上より見受けたり」と書かれている

(※2) 天皇・太皇太后・皇太后・皇后・皇太子・皇太孫に対し危害を加え、または加えようとする罪。刑法73条により「死刑ニ処ス」とされていたが、日本国憲法施行後の昭和22年に削除された。

戦前に大逆罪が適用されたのは、 (1)明治天皇の暗殺を計画したとして幸徳秋水ら多数の無政府主義者、社会主義者らが検挙され、うち12人が処刑された明治43年の幸徳事件 

(2)大正天皇の暗殺を計画したとして朝鮮人の無政府主義者と内縁の日本人妻が検挙され、死刑判決を受けたが恩赦で無期懲役となった大正12年の朴烈事件 

(3)同年末の虎ノ門事件 

(4)朝鮮独立運動の活動家が昭和天皇の馬車列に向かって手榴弾を投げつけ、処刑された昭和7年の桜田門事件-の4例

 

(※3) 山口県知事の大森吉五郎はその後、難波の家族を別姓の親族に入籍させる手続きをとって社会に復帰させ、裕仁皇太子に報告した

【参考・引用文献】

○宮内庁編「昭和天皇実録」10巻

○牧野伸顕記、伊藤隆ほか編「牧野伸顕日記」(中央公論社)

○今井清一著「日本の歴史23 大正デモクラシー」(中央公論新社)

○森長英三郎著「難波大助事件」(鶴見俊輔ら編「天皇百話 上の巻」〈筑摩書房〉所収)

○大塚有章著「難波大助と家族たち」(同)より

 

 

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