結婚: ひげをたくわえた皇太子 結婚を機に女官改革に乗り出した

【昭和天皇の87年】ひげをたくわえた皇太子 結婚を機に女官改革に乗り出した

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■挙式

 あらたまの 年を迎へて いやますは 民をあはれむ 心なりけり

 大正13年1月19日の歌会始で詠進された、裕仁皇太子の御製である。

関東大震災後の国民の窮状に思いを馳せ、励ましたいとする心情がうかがえる。

 その1週間後、殺伐とした世相に希望を与える慶事があった。

 裕仁皇太子と久邇宮(くにのみや)家の第一王女、良子(ながこ)女王との挙式である。

 1月26日《結婚の礼を行われる。

(中略)皇太子は束帯黄丹袍(おうにのほう)の儀服を召され賢所へ御参進になり、ついで皇太子妃は五衣、唐衣、裳の儀服を召され御参進になる》(昭和天皇実録11巻13~14頁)

 裕仁皇太子は賢所内陣で結婚の告文を奏し、外陣で皇太子妃とともに神盃を受けた。

終了後は陸軍正装に着替えて首相らの謁見を受け、天皇皇后からの祝賀として本土と朝鮮、台湾、樺太などに児童奨学奨励資金を寄付する沙汰を伝えた。

宮内省所管の上野動物園が東京市に下賜されたのもこの時である

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