第94回 幣原外交(2)天津を脱出したラストエンペラー 「満州を我が帝国に…」

【昭和天皇の87年】天津を脱出したラストエンペラー 「満州を我が帝国に…」

 

 清朝最後の皇帝、愛新覚羅(あいしんかくら)溥儀(ふぎ=宣統帝)が暮らす天津日本租界の仮寓(かぐう)に、関東軍の奉天特務機関長、土肥原賢二が訪れたのは1931(昭和6)年11月初めの夜である。

 「関東軍は誠心誠意、満州人民が自己の新国家を建設するのを援助します。

陛下におかれましては、すみやかに祖先発祥の地に帰り、親しく新国家の指導にあたられますよう、お願い申し上げます」

 1911~12年の辛亥革命で退位した溥儀は、24年には北京の紫禁城からも追放され、北京に近い日本租界で日本の比護を受けながら、皇帝復活の日を夢見ていた。

土肥原の申し出に、溥儀の胸は高鳴ったことだろう。

 「その新国家は、どのような国家になるのですか」

 「独立自主の国で、宣統帝がすべてを決定する国家であります」

 「私が知りたいのは、その国家が共和制か、それとも帝政か、ということです」

 「それは、満州へ行かれれば解決しましょう」

 「帝政ならば行きますが、違うなら行きません」

 土肥原は、温厚な微笑を崩さずに言った。

 「帝国です。それは問題ありません」

 溥儀は、満足の笑みを浮かべた。

 「行きましょう」

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