第96回 戦争と報道(2) 満州に吹き荒れた排日の嵐 事なかれ外交の限界と挫折

昭和天皇の87年

満州に吹き荒れた排日の嵐 事なかれ外交の限界と挫折

第96回 戦争と報道(2)

 

 満州事変を主導した軍部と、扇動した新聞メディア。

だが、満州における権益保護を訴え、関東軍の積極行動を支持した新聞などの主張が、すべて理のないものだったわけではない。

 1928(昭和3)年6月の張作霖爆殺事件以降、満州に排日の嵐が吹き荒れていたからだ。

 民間外交団体が編集した対支回顧録によると、こんなことが頻繁に起きていたという。

 一、日本人が馬車や人力車に乗っていると多数の群衆が取り囲んで降ろし、従わないと袋だたきにする。

 一、日本人が郊外でピクニックをし、弁当をひろげると寄ってたかって奪ってしまう。

 一、日本人が買い物しようとするのを群衆が妨害し、抵抗しようものならこれ幸いと殴る…。

 

 過激な排日をあおったのは張の息子、張学良だ。

父を爆殺された恨みに燃える学良は、日本人への土地の賃借を禁止し、鉱山採掘権も否認するなど、日本が持つ条約上の権益を次々に侵していった。

 こうした事態に、日本政府が適切に対応したとは言い難い。

不干渉政策をとる外相の幣原喜重郎は、在住邦人の代表が政府に窮状を訴えても、なかなか腰を上げようとしなかった。

 在住邦人の若手らでつくる満州青年連盟の理事、山口重次はのちにこう書き残している。

 「排日行為は、至るところ公然とおこなわれ、満州における日本の権益は無残にもふみにじられたが、日本政府は、これに対し、何ら手をくだそうとしなかった」(※1)

× × ×

 そんな中、昭和6年7月に満州の万宝山地区で朝鮮人入植者と中国人農民とが衝突し、「朝鮮人側に多数の死傷者が出た」とする新聞の誤報によって朝鮮各地の中国人が多数殺害される万宝山事件が発生。

同年8月には満州北部に潜入していた日本軍将校が中国兵に捕らえられ、銃殺のうえ遺体を焼き捨てられる中村大尉殺害事件も発覚する。

 いずれも中国側に一方的な非があるわけではないが、積もりに積もった恨みの火薬庫に、マッチを投げ入れるには十分だった。

 満州事変当時、アメリカの上海副領事だったラルフ・タウンゼントは、中国の排日政策は国内の不満を外に向けさせるためであると指摘した上で、こう書いている。

 「確かに、条約、協定、議定書などに従えば、日本が満州を占領したのは悪い。

しかしながら、見方を変えれば日本が正しかったとも言える。

いくら条約を結んでも、日本の権益を不安に曝(さら)す中国人の妨害行動は収まらなかった。

条約は守らない、地下工作・破壊活動は止まない。

こういうことが何年も続いた。

(中略)中国にいる数千の米英人は、日本人と同じ苦悩を味わっているから、気持ちがよくわかる。大半は内心、日本を応援したと思う」

× × ×

 政府の不拡大方針に反して暴走する関東軍を、当時の国民世論は熱狂的に支持した。

中国の不法行為に断固たる措置をとらない外相、幣原喜重郎の方針にフラストレーションがたまっていたからだ。

 関東軍の暴走を止めようとした奉天総領事代理の森島守人ですら、のちにこう書いている。

 「幣原外相がワシントン会議後の国際的風潮を理解し、かつこれが実現に渾身(こんしん)の勇を揮(ふる)った点において、第一人者たることは何人も否定し得ないが、

(中略)あまりにも内政に無関心で、また性格上あまりにも形式的論理にとらわれ過ぎていた。

満州に対する幣原外交の挫折は、要するに内交における失敗の結果で、当時世上には春秋の筆法をもってせば、幣原が柳条溝を惹起(じゃっき)したのだと酷評した者すらあった」(※2)

 外交における事なかれ主義が、かえって国際関係を悪化させる場合のあることは、いつの時代も変わらない。

満州事変の処理に失敗し、国民からの支持も失った幣原は、内閣総辞職とともに下野した。

昭和6年12月のことである--。

(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1)山口重次らの手記などによれば、日本側にも大きな問題があった。

昭和恐慌などのあおりで満州に渡った新興住民の中には、中国人を見下して横柄な態度をとる者が少なくなく、それが排日を助長していたという

(※2) 文中の「ワシントン会議」は第一次世界大戦後のアジア太平洋地域の勢力関係を画定するため1921~22年に開かれた国際会議で、海軍軍縮に関する5カ国条約、中国に関する9カ国条約、太平洋問題に関する4カ国条約が結ばれた。

「柳条溝」は柳条湖のこと

【参考・引用文献】

○東亜同文会編「続対支回顧録〈上〉」(原書房)

○山口重次著「悲劇の将軍 石原莞爾」(世界社)

○ラルフ・タウンゼント著、田中秀雄ら訳「暗黒大陸 中国の真実」(芙蓉書房出版)

○森島守人著「陰謀・暗殺・軍刀-一外校官の回想」(岩波書店)

○種稲秀司著「満州事変に於ける幣原外交の再検討〈I〉」(政治経済史学会編「月刊政治経済史学」526号収録)

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