第134回 虐殺 「日本人が大勢殺されている」通州事件

昭和天皇の87年

「日本人が大勢殺されている」 残虐!特派員が見た通州事件

第134回 虐殺

盧溝橋事件を導火線とする日中戦争をめぐり、日本の加害行為がマスコミなどに取り上げられることはあっても、その逆はほとんどない。

しかし、1937(昭和12)年7月29日に通州(現北京市通州区)で起きた虐殺事件は、泥沼と化した日中戦争の実相を理解する上でも、忘れてはならないだろう。

 その日、同盟通信特派員の安藤利男は通州の日本人旅館「近水楼」にいた。

前日からラジオでは、「さかんに支那軍の全面戦勝を放送していた」という。

現実の戦況は、中国軍が仕掛けては日本軍に反撃され、撤退することを繰り返していたのだが、戦意を高めるために虚報を流していたのである。

 激しい銃声で飛び起きたのは、未明の午前4時だった。

電話に飛びついたが、回線は切られていた。

銃声がパンパンと、次第に近づいてくる。

外に出るのは危険だ。

安藤はほかの宿泊客と額を寄せ合い、じっと夜が明けるのを待った。

 不安のうちに空は白み、旅館のボーイが駆け込んできた。

 「日本人が大勢殺されています。大変だ!」

 多数の暴徒が日本人住居の1軒1軒に押し入り、虐殺をはじめたというのだ。

銃声はすでに5、6軒先まで迫っている。

安藤ら宿泊客は2階の屋根裏に隠れた。

 やがて旅館の窓ガラスが銃撃で四散し、「とうとう恐ろしい運命の火の手はここにも押し寄せてきた」と、安藤は手記に書く。

「足もとが俄かに騒がしくなると銃声が屋内にパンパンひびき、下では早くも虐殺が始まつた…」

 安藤は、惨劇の瞬間は見ていない。

ただ、「銃声にまじつて身の毛もよだつ叫喚悲鳴」を聞いただけだ。

屋根裏から出るとき、旅館の女中たちの惨殺死体を目にするが、「そのむごたらしい有様はいまとなつてこれ以上書くのは忍びない」と手記に残している(※1)。

× × ×

 通州は、1935年に自治権を獲得した冀東(きとう)防共自治政府が統治していた。

事件を起こしたのは、治安維持を担当する自治政府の保安隊約2000人である。

保安隊は日本軍と協力関係にあったが、一部は中国軍に通じており、中国軍勝利を伝えるラジオ放送にあおられて反乱を起こしたとされる(※2)。

 保安隊は7月29日未明、少数の日本軍守備隊を不意打ちに攻撃して殲滅すると、日本人居留民や朝鮮半島出身者を見つけ次第拷問し、惨殺した。

のちの東京裁判で目撃者らが証言したところによると、女性は全員強姦され、一部は局部をえぐりとられていた。

男性の遺体は首に縄をつけて引き回された跡があり、目をくりぬかれたものもあった。

子供も例外ではなく、手の指を切断されたり、鼻に針金を通されたりしていた。

虐殺の犠牲になったのは、幼児や妊婦を含む日本人居留民104人、朝鮮半島出身者108人に上る。

× × ×

 事件が日中戦争に及ぼした影響は計り知れない。

現地の状況が徐々に明らかになると、新聞各紙は連日「鬼畜も及ばぬ残虐」(7月31日の東京日日新聞号外)、「幼児を大地へ叩きつく」(8月4日の読売新聞朝刊)、「恨み深し! 通州暴虐の全貌」(同日の東京朝日新聞夕刊)-などと報じ、国民は激高した。

 以後、日本国内では、暴戻(ぼうれい)な中国をこらしめようという「暴支膺懲(ようちょう)」が国民的スローガンとなり、陸軍の紛争拡大派を支持する声が一気に広まるのである--。

(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1) 屋根裏に隠れていた安藤はやがて保安隊に見つかり、身につけていたものを奪われたうえ、ほかの宿泊客とともに処刑場へと引き連れられたが、途中で脱走して無事生還した

(※2) 通州事件の2日前、関東軍の爆撃機が保安隊の幹部訓練所を誤爆し、死傷者が出る事件があり、それが反乱の原因になったとする説もある。

しかし1986(昭和61)年に中国で刊行された第1保安隊長、張慶余の回顧録には、「自分は日本軍が大挙して南苑(盧溝橋のある地区)を侵犯し、かつ飛行機を派遣して北平(北京)を爆撃したのを見て、

戦機すでに迫り、もはや坐視出来ないものと認めて、ついに(第2保安隊長の)張硯田と密議し、7月28日夜12時、通州で決起することを決定した」と書かれており、中国国民党軍と内通していた保安隊の隊長2人が、計画的に反乱に及んだとする説が有力である。

なお、保安隊は虐殺事件後、逃走して国民党軍に合流しようとしたが、途中で日本軍の攻撃を受け、四分五裂となった。

首謀者の張慶余は国民党軍に救われ、同軍の第91軍副軍長、党軍事委員会中将参議などを歴任、1963(昭和38)年に69歳で没した

【参考・引用文献】

○安藤利男著「通州の日本人大虐殺」(雑誌「文芸春秋」昭和30年8月臨時増刊号収録)

○中村粲著「大東亜戦争への道」(展転社)、東亜同文会編「続対支回顧録〈上〉」(原書房)

○香月清司記「支那事変回想録摘記」(小林龍夫ら編「現代史資料12-日中戦争4」〈みすず書房〉収録)

○岡野篤夫著「通州事件の真相」(月刊誌「正論」平成2年6月号収録)

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