第156回 ポーランド侵攻 第二次大戦勃発!

昭和天皇の87年

第二次大戦勃発! ドイツの電撃戦に世界中が震えた

画=千葉 真
画=千葉 真

第156回 ポーランド侵攻

 1939(昭和14)年9月1日、欧州の戦雲に、雷光が走る。

夜明け前の空はドイツ軍機に覆われ、地上はドイツ軍戦車に埋め尽くされた。

午前4時45分、第二次世界大戦の序曲となるナチス・ドイツのポーランド侵攻作戦が、ついに発動したのだ。

 この日、アドルフ・ヒトラーは仕立て下ろしの軍服を身につけ、ベルリンのクロール・オペラハウスで演説した。

 「わたしはいま自分がドイツ軍の最初の兵士となることしか望まない。

したがってわたしはふたたび軍服を身にまとった。

わたしにとっては常に神聖かつ貴重なものであった軍服を。

わたしは勝利の日まで軍服を脱ぐつもりはない」

 聴衆は熱狂し、「ジーク・ハイル!」の絶叫がオペラハウスに響きわたった。

× × ×

 これより前、恫喝(どうかつ)外交で領土を拡張してきたヒトラーは、軍幹部らに「ポーランドに進攻しても英仏との戦争にはならない」と言い聞かせていた。

ヒトラーの情勢判断は、半分当たり、半分外れたといえよう。

9月3日、英仏両国はドイツに宣戦を布告、ヒトラーを愕然(がくぜん)とさせたが、国境沿いに部隊を展開しただけで、攻撃してくることはなかった(※1)。

 英仏両軍の軍事支援が得られず、ドイツ軍の機動力に圧倒されたポーランド軍にとどめを刺したのは、9月17日に突如として攻め込んできたソ連軍である。

開戦9日前に締結された独ソ不可侵条約の秘密協定により、ポーランドは分割されて独ソ両国の勢力圏に組み込まれることが決まっていたのだ。

28日、自主独立国としてのポーランドは消滅した。

× × ×

 ドイツの電撃進攻とソ連の非情行為に、世界中が震撼した。

昭和天皇も強い関心を抱いたようだ。

 9月1日《午後九時、常侍官候所にお出ましになる。この日、ドイツ・ポーランド開戦が報じられたため、当直常侍官を御相手に、国際関係などにつき種々お話になる》

(昭和天皇実録26巻110頁)

 3日《(夕方に当番常侍官らと欧州情勢などにつき話した後)午後九時前、再び常侍官候所に出御され、当直常侍官を御相手に、世界情勢などにつき種々お話しのところ、同四十分、英国の対独宣戦布告のニュースをお聞きになる》(同巻111頁)

 もしも日独伊三国同盟が締結されていたら、この時点で日本は戦争に巻き込まれただろう。

昭和天皇は、欧州の戦雲に心を曇らせつつも、ナチス・ドイツと手を組まなくてよかったと、改めて思い至ったのではないか。

 4日、発足直後の阿部信行内閣が声明を出した。

 「今次欧州戦争勃発に際しては帝国は之に介入せず専ら支那事変の解決に邁進(まいしん)せんとす」

× × ×

 陸軍の後押しで首相となった阿部は、参謀本部と陸軍省の要職を渡り歩きながら皇道派にも統制派にも属さず、陸軍内では良識派で知られる。

おそらく昭和天皇の意を汲んだのだろう、組閣にあたり、ドイツに傾斜していた外交政策の大転換を図ろうとした。

 問題は、外相を誰にするかだ。

外務省内には、日独伊三国同盟をごり押しした駐伊大使の白鳥敏夫を推す声もあったが、お話にならない。

悩んだ末、阿部が白羽の矢を立てたのは、学習院長の野村吉三郎である。

 海軍予備役大将でもある野村は、誰もが認める親米派だ。

米大統領のフランクリン・ルーズベルトとは旧知の間柄で、野村が駐米大使館付武官だった大正初期、当時海軍次官だったルーズベルトの私邸を訪ねて歓談するほどだった。

日米関係を好転させるには、うってつけの人事といえる。

 一方、阿部から外相就任を打診された野村は戸惑い、こう言った。

 「来年は皇太子(上皇さま)が学習院にお入りになる。

それについて、今日院長が代はることも面白くないと懸念する」

 学習院長としての野村の評価は高い。

宮中側近の中にも、院長を交代させるべきではないと否定的な声が上がった。

しかし、話を聞いた昭和天皇は言った。

 「国家のためならば、学習院の方はどうでもいゝぢゃないか」

× × ×

 9月25日、首相が兼務していた外相に、野村が就任した。

以後、野村は米大使のグルーや英大使のクレーギーと会談を重ね、対米英関係の改善に奔走する。

 10月20日、野村は伊勢神宮へ参拝に向かう車中で、敢然と所信を明らかにした。

 「日米両国が堅く協力して、その属する太平洋地域の平和確立に協力したい」

 だが、昭和初期の歴史は、平和を願う保守派にどこまでも冷淡だった。

日中戦争で疲弊した国内情勢と、欧州で急展開をみせる国際情勢とが、野村の努力を潰してしまうのである--。

(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1) 独軍と英仏両軍は1940年5月までにらみ合いを続け、この間は「まやかしの戦争」「奇妙な戦争」ともいわれる

【参考・引用文献】

○ジョン・トーランド著「アドルフ・ヒトラー〈3〉」(集英社)

○リデル・ハート著「第二次世界大戦〈上〉」(中央公論新社)

○アラン・ワイクス著「ヒトラー」(サンケイ新聞社出版局)より

○宮内庁編「昭和天皇実録」26巻

○昭和14年9月5日の読売新聞

○原田熊雄述「西園寺公と政局」(岩波書店)8巻

○木場浩介編「野村吉三郎」(野村吉三郎伝記刊行会)

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