第209回 マッカーサー草案(1) 憲法制定の真相

昭和天皇の87年

憲法制定の真相 スクープ報道がGHQの全面介入を招いた

画=千葉真
画=千葉真

第209回 マッカーサー草案(1)

ここに中学校で現在使われている、2冊の教科書がある。

ひとつは左派色が強いとされる「学び舎」の歴史教科書。

日本国憲法の制定過程について、こう記している。

 「1945年、連合国軍総司令部(GHQ)は、日本政府に憲法の改正を指示しました。

しかし、政府がまとめた改正案は、天皇が統治権をもつなど、大日本帝国憲法とほとんど変わらないものでした。

そこでGHQは、憲法研究会の憲法案などを参考にしてGHQ草案をつくり、政府に示します。

(中略)政府は、GHQ草案をもとにして、新たに憲法改正案を作成します。

戦後初の選挙で選ばれた衆議院議員がこれを審議しました。

このなかで、国民主権が明記され、生存権が定められるなど、重要な修正が加えられました」

 現行憲法はGHQ草案をもとにしつつも、日本が主体的に作成したかのような書きぶりである。

一方、保守系とされる「育鵬社」の教科書はこう記述する。

 「GHQは、日本に対し憲法の改正を要求しました。

日本側は、大日本帝国憲法は近代立憲主義に基づいたものであり、部分的な修正で十分と考えました。

しかし、GHQは日本側の改正案を拒否し、自ら全面的な改正案を作成して、これを受け入れるよう日本側に強く迫りました。

天皇の地位に影響がおよぶことをおそれた政府は、これを受け入れ、日本語に翻訳された改正案を、政府提案として帝国議会で審議しました。

議会審議では、細かな点までGHQとの協議が必要であり、議員はGHQの意向に反対の声をあげることができず、ほとんど無修正のまま採択されました」

 こちらはGHQの“押し付け”であったことを明らかにしている。前述の学び舎とはまるで異なる書きぶりだが、いずれが正しいのか-。

× × ×

 GHQが日本政府に、憲法改正を指示したのは両教科書の記述通りである。

日本もアメリカも調印したハーグ陸戦協定(1907年改定)には

「占領者は絶対的な支障のない限り、占領地の現行法律を尊重」すると明記されているが、

アメリカにとって国際法とは、他国に守らせるものであり、自国が守るものとは考えていなかった。

 GHQの指示を受け、幣原喜重郎内閣が憲法問題調査委員会を設置したのは昭和20年10月25日。

委員長は国務相の松本烝治、委員は東京帝大教授の宮沢俊義ら7人、顧問に憲法学大家の美濃部達吉を起用した、当代一流の布陣である。

 昭和21年1月7日、松本は憲法改正試案を作成し、昭和天皇に上奏した。

(1)天皇が統治権を総覧する大原則は変更しない(2)議会の議決事項を拡充して従来の大権事項は縮小する(3)国務大臣は議会に責任をもつ(4)臣民の自由・権利の保護を強化する-という、4原則にそった内容だ。

 ただし松本は、この試案をすぐにはGHQに示さなかった。

大統領制の米国人に天皇の統治権を理解させるのは並大抵なことではない。

形式的な主権は天皇にあっても、天皇が自らの意思で権力を行使することはなく、民主主義と何ら矛盾しないことを、時間をかけて説明する必要があった。

 ところが2月1日、極秘扱いの松本試案を毎日新聞がスクープしたことで、事態は急変する。

 「第一条 日本国は君主国とす 第二条 天皇は君主にして此の憲法の条規に依り統治権を行ふ 第三条 皇位は皇室典範の定むる所に依り万世一系の皇男子孫之を継承す 第四条 天皇は其の行為に附責に任ずることなし…」

 第一章の天皇から第七章の補則まで、一字一句試案通りだ。

松本らが仰天したのは言うまでもない。

しかも同じ紙面に、試案を批判する社説まで掲載されていた。

 「政府の憲法改正試案は一般的にいへば相当の進歩案に違ひない。

しかし憲法の中核ともいふべき天皇の統治権については、現行憲法と全然同じ建前をとつてゐる。

(中略)天皇の自由意思を認めるといふことであれば、それは明らかに民主主義に逆行することになる…」

× × ×

 このスクープが日本の将来に及ぼした悪影響は計り知れないだろう。

マッカーサーが側近のホイットニー(GHQ民政局長)に、憲法草案を自ら作成するよう命じたからだ。

報道などにより松本試案を「旧態依然たるもの、あるいは改悪とさえ思われる」とみたマッカーサーは、日本政府による自主的な憲法改正を見限り、全面介入に踏み切ったのである(※1)。

 2月4日の月曜日、ホイットニーは民政局行政部の課員を集めて訓示した。

 「紳士ならびに淑女諸君、これはまさに歴史的な機会である。

私は今諸君に憲法改正制定会議の開会を宣する」

 課員にどよめきが走った。

憲法の専門家でもなく、日本への理解も浅い軍人や通訳らに、日本の根本法案の作成が託されたのだ。

期限は2月12日とされ、彼らには憲法学の基礎すら学ぶ余裕はなかった。

 以後、20人余のメンバーが分担し、急ピッチで作業を進めていく。

ソ連を含む他国の憲法や民間団体の私案のうち、気に入った条文を写し取り、つなぎ合わせていくという、およそ法案づくりにはふさわしくない手法だった。

 彼らが任務を遂行し、いわゆる「マッカーサー草案」を書き上げたのは、ほぼ1週間後である。

それは、もはや「憲法改正」とは呼べないような、とてつもない内容だった--。

(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1) 毎日新聞が松本試案をスクープする半月ほど前、米政府の国務・陸軍・海軍調整委員会(SWNCC)はマッカーサーに対し、天皇を廃止しない場合でも

(1)軍事に関する天皇の権能は失われる

(2)天皇は内閣の助言に基づいてのみ行動しなければならない-とする憲法改正の基本方針を伝えていた。

これを受け、毎日新聞のスクープ後に全面介入を決意したマッカーサーは、憲法草案の作成にあたり(1)天皇は国家の元首であり皇位は世襲される(2)国家の主権的権利としての戦争を放棄する(3)日本の封建制度は廃止される-などの指針を示した(マッカーサー・ノート)

【参考・引用文献】

〇平成27年文部科学省検定済「ともに学ぶ人間の歴史」(学び舎)

〇同「新編 新しい日本の歴史」(育鵬社)

〇宮内庁編「昭和天皇実録」35巻

〇昭和21年2月1日付の毎日新聞

〇佐藤達夫著「日本国憲法誕生記」(大蔵省印刷局)

〇吉本貞昭著「知られざる日本国憲法の正体」(ハート出版)

〇ダグラス・マッカーサー著「マッカーサー回想記」(朝日新聞社)

倉山満著「誰が殺した?日本国憲法!」(講談社)

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