第228回 安保闘争(2) 死を覚悟した岸信介

昭和天皇の87年

死を覚悟した岸信介 国会はデモ隊に取り囲まれた

第228回 安保闘争(2)

昭和35(1960)年、国会は、言論の府ではなくなった。

日米安全保障条約の改定に反対する60年安保闘争が、最高潮に達したのだ。

アメリカによる恣意的な運用が可能だった日米安保を見直し、在日米軍の使用や装備を日米が事前協議する新安保条約を締結することは、保守ならずとも必要な政治課題である(※1)。

しかし、反米色を強める社会党の抵抗で国会審議は紛糾し、永田町周辺では労組や全学連(全日本学生自治会総連合)に主導された学生らが安保反対のデモを繰り返した。

 そのころ首相の岸信介は、もう一つの重要案件を抱えていた。

同年6月19日にアメリカの現職大統領として初めて、アイゼンハワーが来日することになっていたのだ。

そこで岸と自民党は1カ月前の5月19日、衆院本会議で新安保条約の強行採決を決意する。

衆院さえ通過すれば、参院でいくらもめようと30日ルールで自然成立するだろう(※2)。

アイゼンハワーの来日に、ぎりぎりで間に合わせる計算だった。

一方、自民党の動きを察知した社会党議員団は同日夜、秘書も含め約300人が議長室前や廊下に座り込んだ。

議長を閉じ込めておけば本会議は開けない。

国会議事堂の外では、風雨の中をデモ隊のシュプレヒコールがこだました。

午後10時半過ぎ、本会議開会のベルが鳴る。

議長の要請で約500人の警官が社会党議員らを排除しようとしたが、激しく抵抗され、議場への通路を確保できない。

焦った自民党は11時20分過ぎ、別の出入り口から議長を誘導しようとしたものの、そこでも社会党議員の妨害にあい、大乱闘となった。

11時50分、警官や衛視らに守られた議長がよろけるように議場に入り、もみくちゃにされながら開会を宣言。

会期延長を議決した後、新安保条約を可決した。

時計の針は、午前零時を回っていた。

× × ×

だが、この強行採決は裏目に出る。

翌日以降、国会周辺のデモが激化したからだ。

6月10日には打ち合わせで来日した米大統領報道官、ハガチーの車がデモ隊に取り囲まれ、ヘリコプターで脱出する騒動が発生、大統領来日は中止となった。

その5日後、国会への突入を図るデモ隊と警官隊とが激しく衝突し、東大生の女性活動家が死亡する事故も起きた。

昭和天皇が憂慮したのは言うまでもない。

6月18日《(新安保条約に)反対する国会議事堂周辺の抗議行動集会の状況につき、上直侍従に度々お尋ねになる》

(昭和天皇実録?巻187頁※3)

その夜、デモは最高潮に達する。

国会や首相官邸は約33万人の群衆に囲まれ、「アンポ反対!」「岸を倒せ!」の怒号が永田町を揺るがした。

× × ×

岸は、ひとりで官邸にいた。

警視総監が「官邸の安全確保に自信が持てません。他の場所にお移りください」と要請したが、岸は動かなかった。

その時の心境を、のちにこう書いている。

「私は、安保改定が実現されれば、たとえ殺されてもかまわないと腹を決めていた。死に場所が首相官邸ならば以て瞑すべしである」

国会が麻痺(まひ)したまま、新安保条約の自然成立が刻一刻と迫っていた。

岸は、官邸に集まっていた閣僚の身を案じ、それぞれの役所に返したが、夜10時過ぎ、実弟の佐藤栄作(蔵相、のちの首相)が訪れてきた。

「兄さん、ブランデーでもやりましょうや」

佐藤もまた、万一の時は日本の安全保障に殉じる覚悟だったのだろう。

官邸になだれ込もうとするデモ隊―。

懸命に押しとどめる機動隊―。

19日午前零時、新安保条約は自然成立した――。

(『昭和天皇実録』取材班キャップ 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1) 核兵器の持ち込みについても事前協議の対象となり、岸内閣は「ノーと言う」と表明していたが、緊急時における沖縄への核持ち込みをめぐり日米間に「密約」があったとされる

(※2) 30日ルールとは、予算や条約について衆院の議決後30日以内に参院が議決しない場合、衆院の議決が国会の議決となる規定(現行憲法60条および61条)

(※3) 日米安保の改定について昭和天皇がどう考えていたか、明確な発言録などはないが、反対ではなかったとみられる。

安保闘争が激化する前の昭和30年夏、アメリカが求める再軍備と引きかえに在日米軍の撤退促進を図る案が検討されていた頃、昭和天皇は外相の重光葵に《日米両国が協力して共産主義に対処していく必要があり、また日本に駐屯する米国軍隊の撤退は好ましくないと思う旨のお考えを示された》と、重光の手記を引用する形で昭和天皇実録に記されている(42巻71頁)。

なお、日米安保の改定後に首相の岸信介が暴漢に襲われて負傷すると、昭和天皇は《内閣総理大臣岸信介に、御尋として天皇・皇后より果物を賜う》(同44巻190頁)

【参考・引用文献】

〇宮内庁編「昭和天皇実録」44巻

〇岸信介著「岸信介回顧録 保守合同と安保改定」(広済堂出版)

〇大日向一郎著「岸政権・一二四一日」(行政問題研究所)

〇工藤美代子著「絢爛(けんらん)たる悪運 岸信介伝」(幻冬舎)

〇平成27年5月10日の産経新聞

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